人気ブログランキング | 話題のタグを見る

おやつ

今日のおやつは「パンナコッタ」

おやつ_e0249830_153827.jpg

おやつ_e0249830_155986.jpg


プラコップのほうは、ピーチ&マリーゴールドティーのジュレと、桃のジュレと桃のコンポートを、パンナコッタで挟んでいます。


私の母はお料理がとても下手でした。
もちろんおやつなんてとんでもありません。
おやつを作ってくれるお母さんがとても羨ましかったものです。
母は朝起きませんでしたので、幼稚園のときはお弁当が(たぶんあとで母が持ってきた)、小学校からは給食が一日の最初の食事でした。
にもかかわらず、私はほとんどのものが食べれませんでした。
母のお弁当は昨夜の残り物を入れるだけでしたが、うちの夕餉はだいたい、イワシの糠炊き(北九州の郷土料理、糠漬けに使った糠をイワシと一緒に炊いたもの)だしを取った煮干しがそのまま入っている味噌汁(具は白菜やキャベツ)、糠付けといったものです。
幼稚園児にはつらい食事です。
それがお弁当には、大きな酸っぱい梅干しのおにぎりと(海苔なし)、イワシ、これだけです。
たまに煮物が入ることもありましたが、料理下手な母の煮物です。
おつゆに浸かってべちょべちょです。
温めなおしてないのか、ジャガイモなどのイモ類だから傷みやすいのか、いつも変なにおいがしていました。
昨夜も残したのに、お昼までも。
泣きたいのをこらえて一口二口と口に運びます。
でも途中でやめてしまう。
幼稚園の先生は食べ残しを嫌う先生で、昼休みになっても、私にお弁当を最後まで食べるよう強要しました。
腐ったようなものは食べれない、つい吐き出してしまう。
それを先生が口に無理やり入れる。
拷問です。
何度も吐きながら、吐いた物を口に入れられました。
昼休みの終わった歌の時間、椅子の上に立った途端、食べたものをごっそり教室で吐いてしまいました。
当然先生は烈火のごとくに怒り、私は吐いた物をスモックにつけたまま、教室の隅に立たせられました。
一度や二度ではありません。
ほとんど毎日、つらくて悲しい思いをして午後を過ごしました。
あまりにつらくて一度だけ母に先生のことを話したことがあります。


「ああ、あの先生、ひどいもんねえ」


そもそも母のまずいお弁当が原因なのです。
母に私のつらい気持ちがわかるはずもありませんでした。


小学校に上がると、忌まわしいお弁当から解放されました。
楽しい給食の時間であるはずが・・・
食べられるものがほとんどなかったのです。
食域が狭かったのか、好き嫌いが多かったのかわかりません。
レトルトパックに入ったご飯が食べられない、マーガリンがダメ、牛乳が飲めない、おかずに何が出ていたのかあまり記憶にありませんが、毎日ほとんどを残していました。
ひもじくって、学校の帰りに草をむしって口に放りこむこともありました。
残したパンは鳥や近所の犬にあげていました。
デザートのババロアでさえ食べれない、偏食な私でした。
大きくなってお母さんになったら、美味しいご飯を作ろう、おやつも作ってあげる、朝も起きるし、学校のお当番だってやってあげる。
私がしてほしかったこと、みんなしてあげたい。
いいお母さんになる、ぜったいに・・・


念願のお母さんになったとき、私はさっそく育児ノートをつけました。
離乳食から幼児食、幼稚園のお弁当まで、写真にとって、感想やその日のことを書き込みました。
なんでも手作りにこだわり、信念を持って嬉々としてやりとげ、子供たちも満足していると信じていたのです。
ところがある日。

誘われて、近所のママさんのお宅に息子たちを連れて遊びに行きました。
そこには、ポッキーやエンジェルパイをはじめ、市販のお菓子がテーブルにきれいに並べられていました。
飲み物はコーラなどの炭酸です。
息子たちには食べさせたことも見せたこともないお菓子や飲み物でした。



「みんなで座って食べようね。」

とホストであるママが言ったその時です。
長男が、いきなりテーブルの上のポッキーをワシ掴みにして逃げ出したのです。
私はびっくりして、手に持ったポッキーを取り返そうとしましたが、あまりに強く握っているので取り戻せません。
ママ友があれこれなだめたり注意したりするのですが言うことを聞いてくれません。
ホストのママが、

「放しなさい!!」

と大きな声でガツンと息子を叱り飛ばし、無理やりポッキーを取り上げました。
私はただただ息子のしたことを平謝りし、しょんぼりしていたところにそのママが、


「平川さん、お子さんを叱ったことあるの?」

「・・・はい、たぶん。」

「おやつは?」

「あげてます。」

「じゃあなぜあんなに執着するの?」



何も答えられませんでした。
手作りのおやつ、それをテーブルに出すとき、私はどんな顔で息子に食べさせていたのだろう。
嬉しいに違いない、だって手作りだもの。
私は母のようにはならない。
母は何も作ってくれなかったけど、私はなんだって作ってあげる。
だって作ってほしかったの、美味しいおやつ、お母さんのおやつ、お母さんの・・・お菓子・・違う、ほんとはお菓子じゃない、欲しかったのは。
母の笑った顔が見たかった。
朝起きて母の笑顔があったら、どんなによかったろう。
行ってらっしゃい、お帰りなさい、今日学校でどうだった?楽しかった?
それだけでよかったのに。
母を非難しながら、優越感に浸って作るお菓子なんて、きっと美味しくない。
息子はおやつの時間を楽しんでなかった。
息子が欲しかったものは、私が一番欲しかったものなのに、なんて、なんて馬鹿な私・・・



その日を境に、市販のおやつも買うようにして、手作りにはこだわらないようにしました。
おやつの時間はおやつそのものよりも、学校であったことを聞いたり、宿題を見たりする、かけがえのない時間になりました。



おやつ_e0249830_215675.jpg



学生のころに東京に出てきて以来、母と暮らすことはなくなりましたが、母は主婦になった私がどんな暮らしをしているか興味を示さない風でした。
しかし私がこうして5人の子育てに希望を持って育てられるのは、小さいころの母の言葉や家事や育児に対する無気力感があったからこそと思います。
昔話をしてもほとんど思い出さない母。
ほんとうに子育てに興味なかったんだなあ、と心から笑える自分にやっとなりました。
by lamerveille | 2012-08-26 02:21 | スイーツ